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東京高等裁判所 昭和43年(ネ)1689号 判決 1972年3月09日

控訴人

鈴木徳子

(旧姓原園)

右訴訟代理人

西嶋勝彦

外二名

被控訴人

対馬久江

右訴訟代理人

風間克貫

外四名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一、被控訴人が、かねて、東京都豊島区長崎六丁目一九番地において、マーガレット美容院の名称で美容院の経営をしていたこと、控訴人が昭和四一年三月五日被控訴人に美容師として雇用され、同月九日から同美容院に住込んで勤務したこと、および被控訴人が昭和四一年四月二七日控訴人に対し解雇の意思表示をした上、同年五月五日予告手当金一八、〇〇〇円を提供したが、控訴人がその受領を拒絶したので、同月二七日東京法務局にこれを供託したことは、いずれも当事者間に争いがない。

二、ところで、控訴人は右解雇の効力を争い、それが無効であることを前提として、本件仮処分申請をなすものであるところ、まず仮処分の必要性の有無について見るに、

(一)  <証拠>によると、控訴人は、昭和四四年一二月三一日訴外鈴木征(当三一年位)と婚姻し、同征は、都内足立区所在のさる勤務先(協同組合)から月収六万円位を得(但し家賃に毎月一万円位を支出している)、

控訴人は同征と同居して二人暮しをなし、現在は美容師の仕事をせず――「全日本商業労働組合東京都支部争議団」に所属し――自己を中心としての「解雇反対の斗争」をしながら、他人の支援もしており、さようなわけで自身はとりたてて収入がなくとも家事などにたずさわり夫婦協同の生活を営みともかく生計を立てていることが一応認められ、これに反する資料はない。

ところで、控訴人は被控訴人によつて解雇された後昭和四一年八月一〇日には本件仮処分申請をなしてこれを今日まで維持し、右解雇を争うため法廷内外にわたり物心両面でかなりの労苦を経てきたことは前記認定事実と弁論の全趣旨とにより充分窺われるが、その間右のように婚姻生活にも入り現下経済事情のもとでは生活を維持するに必ずしも充分とはいえないとしても、ともかく前記のような給料収入のある夫との二人暮しをなし、他人の「支援斗争」までしているものであることから見ると、他に格別の事情がないかぎり、控訴人は、被控訴人によつて解雇されたといつても、今日世上に通常見られるサラリーマン家庭の家庭人と多く異らず一応生活の安定を得ているものといわざるをえない。なお控訴人が美容師であり、美容業界においては求人難の現況であること――当事者間に争いがない――も(たとい、解雇された前歴のある者の再就職がそうでない者に比較し困難である事情を斟酌しても)控訴人の生活事情を見る上で一応考慮されるべきである。

(二)  しかのみならず一方、被控訴人が現にマーガレット美容院を廃業していることは当事者間に争いがなく、<証拠>によると被控訴人は右美容院を昭和四三年一〇月末かぎり――所轄保健所への手続をも履践して――廃業したことが認められる。しかし、控訴人は、被控訴人がその後千葉県船橋市夏見台一の七一二(住宅公団夏見台団地前)において「ナツミ美容室」の名称で美容業を営業中である旨主張し、さように被控訴人が営業をしていることについては、<証拠>は、右にそうようであるけれども、それらは<証拠>に照らし、にわかに採用し難いところであり、他に右事実を疎明するに足りる資料はなく、却つて<証拠>によると、被控訴人自身ではなく、その次女裕子(当二六年位)が「ナツミ美容室」――所在地、船橋市夏見台一―一五―六、種別、美容業、許可年月日および番号、昭和四四年一二月一三日、第四四―四三号――を経営していること、そして右美容室は、被控訴人長女ヤス子(当三二年位)が六坪の店を借り、かつ、開店資金を――八年間勤めた退職金などの貯えから――醵出したほか、被控訴人が前記マーガレット美容院で使用していた機械器具類をヤス子に与えて、昭和四三年一二月ごろからヤス子が前記裕子とともに――両名とも美容師――その経営をはじめたが、やがてヤス子はその経営を裕子に委譲したこと、同美容室の規模は前記六坪の店に椅子三脚カマ二個を設けてある程度であり、一時は、「マーガレット美容院」から移つた女子従業員二名をも使用したが、近時は裕子が一人で働き、それ相応の量の仕事をしているにすぎないこと、そしてヤス子みずからは習志野台一の一四五〇番で喫茶店――その建物は一、二階建で、二七坪、土地は五〇坪空地は駐車に使用――を経営することとなり、前記マーガレット美容院を廃業した被控訴人は、同美容院(建物)の処分代金を右喫茶店の土地取得代金に提供したが、みずからは昭和四四年四月ごろ、千葉で会社員をしている息子英次の許に身を寄せ、昭和四五年五月以来は長女の経営する右喫茶店の手伝に通勤するなどして生活をしていることが認められる。

そうすると被控訴人は現在では美容業を営むものではないと見なければならず、したがつて、控訴人が被控訴人に対し雇傭契約上の地位を仮に定める仮処分を求めるといつても、控訴人が労務に服すべき被控訴人の美容業が廃せられている以上右仮処分の利益ないし必要はないものといわなければならない。

以上(一)、(二)に説示するとおりであるから(これをあわせると)、控訴人が、今日、被控訴人を相手方として本件解雇の効力を争う本案訴訟を提起するに先だち、まず、控訴人が被控訴人に対し雇傭契約上の地位を有することを仮に定め、被控訴人が控訴人に対し昭和四一年五月一日から毎月末日限り一ケ月金二四、〇〇〇円の割合による金員の支払(仮払)を求める仮処分申請は、すべて、その必要性についての疎明がないことに帰するので、この点において――解雇の効力について判断するまでもなく――右申請はすべて理由がないものというべく、保証をたてさせることによつてこれを認容することも相当でないから、同申請は却下すべきである。

したがつて、控訴人の申請を理由なしとして却下した原判決は結局相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(久利馨 三和田大士 栗山忍)

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